Round-11 路程 to 露呈
2. 水晶ドクロの天誅
陰気な湿度が金属を腐らせ食べてしまいそうな、ひとけの無い地下駐車場……と思っていたのに。行く手は車の陰から湧いた十数の人影に阻まれた。見たとこ同い年くらいの少年たちは、視線に穏やかでない火花を散らしてます。
どなたかの逆三白眼に比べれば、そんな火花など線香花火の断末魔以下の威力しか感じませんが。
終わりかけの花火がくすぶる列に対峙してガチリと腹立たしげに鳴らされたのは、聞き間違いようもない大牙さんの下顎骨。
上顎になりたーい。
「罠か、くそ」
「愛で見つけるの、逆手に取られちゃった。莉子ちゃんへのひったくりは僕たちへの招待状だったんだね。ならば電話一本頂ければ馳せ参じるというのに」
殺気増量で睨み渡す大牙さんの隣で、対照的にリッキーさんは和やか。華奢な肩幅より小さな腕組みをして。すんなりした人差し指を頬に当てる仕草は、微笑ましいいたずらに困って苦笑してるとしか見えないのだけれど。
「わざわざ莉子ちゃんを巻き込んでおとりに使ったばかりか、傷つける非礼を受けた以上、僕たちは招待客じゃなく……刺客ともなろうというもの」
うんと濃い蒼の瞳は笑ってませーん!
「おいおい律ちゃん」
ほらリッキーさん、優雅な宣戦布告に相方さまも驚いてますよ。
「違うだろ。弔客だ」
葬る気ですか、魔王さまー!
「うひょー、マジで嗅ぎつけたよ。さーっすが血統書つきの警察犬、すっげーじゃん」
不意に、場違いな明るい声が湿ったコンクリートに響く。
列から進み出た人は、黒と銀ばかりをまとってた。Tシャツにレザーベスト、無骨なシルバーバックルのベルトは痩せた腰からずり落ちそう。悪魔御用達な先の尖ったブーツを履いて、一歩踏み出すごとにあちこちのアクセサリーがジャラジャラ共鳴する。
でも、痩せて尺骨頭の浮き出た右手首から垂れ下がるアクセサリーは、ブレスレットでなく……手錠?
ゆらゆら揺れる手錠が放つのは、金属の光よりも狂気に思えた。
「ひっさしぶりだなあ、中等部以来じゃん? 神宮寺に衛藤」
「窃盗集団っておまえがリーダーだったのか……ロック」
削げた頬に鋭い目尻、絞られた小さな黒目。なるべく硬く細い線で描いたみたいな不良少年の薄い唇は、笑うというより犬歯を剥く感じ。
「ここんとこさー。せっかくの戦果を横取りされるんで、俺としちゃムカついてんだわ。神宮寺はいつからウェズリーの番犬になったわけ? ちーっとばかし邪魔なんだわ」
「律ちゃんに逆恨みする前に、俺を倒して行くんだな」
「悪いけどさー衛藤。俺、つえーよ? 詫び入れんなら今のうちよ?」
「三分後に同じ台詞、吐けるもんなら吐いてみろ……その時、口がきけりゃあな」
フンと冷笑、ジャラリと手錠を鳴らしてファイティングポーズを取る不良少年、その髪はツンツン立って紫色をしてた。それはどこかで見た覚えのある……。
「ああっ! わたしのバッグをひったくったの、このムラサキウニです!」
場は一瞬、ううん、三瞬くらいヒタと凍りついた。
「て、てめー! もっぺん言ってみろコラ!」
怒鳴って指を突きつけてくる、その手首の手錠がカチカチ鳴ってる。人を指す失礼な指とわたしの間に、リッキーさんが音もなく割って入る。さらにリッキーさんの前に割って入った大牙さんが肩をすくめた。
「こいつに構うな。誰もが思ってても言わずにいたことを指摘してやっただけだろ、バフンウニ」
「違いますよ大牙さん、ムラサキウニです」
「何ウニでも変わんねーよ、ウニとか言うんじゃねーよ! これは俺の、重力にさえ抗うレジスタンス精神、反抗のシンボルなんだよ! てめーら以外誰もウニだなんて思っちゃいねっ……」
同意を求めるウニさんに詰め寄られた隣のひったくり団員さんは、気まずそうにフッと目をそらした。
「ウニじゃなければハリネズミだな」
追い討ちをかける大牙さんの言葉が楽しげに響く中、ウニさんは隣の隣の団員さんにも目をそらされた。
「でなきゃアルマジロ……」
「ハゲてんだろそれ! 髪型の問題じゃなくなってんだろそれ!」
「大牙、六郎太くんも落ち着いて話を」
「本名で呼ぶんじゃねーよ! ウニでもねーよ! ロックだー!」
どうにも情報が切れ切れですが。ひったくり主犯・ウニさんの本名は六郎太さん、だけどご本人はそれが嫌いでロックと名乗っていると。先輩方とウニさんはもともと聖ウェズリーのご学友だったと。
そのせいでしょうか? 対決が中等部、いえそれ以下レベルの口喧嘩になっているのは。最初は肉弾ファイトな雰囲気だったのに。ほら、ひったくり団の皆さんもリーダーの子供じみた態度に戸惑い顔ではありませんか。
一体、誰のどんな発言が低年齢化のきっかけなんでしょうね?
「莉子ちゃん。六郎太くんはね、ウェズリーの中等部まで一緒だったの。でも自主退学しちゃって」
「こいつが自主なわけないだろ。ロック歌手にかぶれて、盗んだバイクで走り出して自由になれた気でもしたんだろ。夜中に校舎の窓ガラス割りまくった挙句、ウェズリー像によじ登って酒とタバコ持たせて一発退学」
魔王さま、鼻で笑います。
「だがな、知ってるぜ六郎太……おまえはその時、すでに十六だったろ。十五の夜を気取ったくせに十六だっただろ!」
「言うなあ!」
手錠付きの手でウニ頭を抱え、怒鳴り捨てるように叫ぶウニもといロックもとい六郎太さん。
「自由に年なんか関係ねーよ! 息の詰まる校則、大人の理不尽な支配、学校からの解放闘争……俺は勝ったんだよ! 社会に飼われてるてめえらとは違うんだよ」
「ならどうして、ウェズリー生から奪うことにこだわるの? ……僕にはね、六郎太君」
吹きすさんでいた嵐はたった一言の、静かで柔らかで、憂いを含んだ声に凪いだ。
「君が解放されたようには見えないの」
マタイによる福音書八章。何節だったかまで覚えてない。舟の上で嵐に怯える弟子たちにイエスさまは言われた、なぜ怖がるのかと。信仰があれば、不安でなく希望を抱けば嵐は嵐でなくなるのだと。
「だって自由を愛するなら、どうして手錠をはめてんの?」
リッキーさんは支配という岸を発って漕ぎ出した舟、その上で六郎太さんが嵐に翻弄され、おぼれそうになっているのを感じ取ったに違いありません。
棒立ちになる六郎太さんの無言は、それまでのどんな大声よりも、薄暗い地下駐車場に痛々しく反響していました。
「……俺を否定するヤツは、消してやる」
だけど返ってきたのはどす黒い怒り。リッキーさんは否定したんじゃないのに。真実というスイッチは時に導火線となる。
怒髪天を衝く、なんて難しい表現があったっけ。怒りのあまり髪が逆立ったような顔のこと。六郎太さんの髪はもはやウニでなく、放電を求めてビリビリ震える高圧電流の送電塔。
大牙さんがわずかに腰を落として応戦態勢を取るのと、怒りの落雷は同時でした。
「ツブしちまえ!」
殴りかかってきたひったくり団員Aの拳を最小限の動きで紙一重にかわし、その延髄に革靴の踵を沈める大牙さん。振り返ると、有無を言わさぬ厳しさでご命令。
「下がってろ」
かばって、守って下さるんですね大牙さーん! サイケメタリック探偵社の眠れる獅子がついにお目覚め、頼れるボディガードに変身です!
「喧嘩沙汰なんて、親父さんにバレたら問答無用で家に戻されるからな。それからそこのボケ」
振り下ろされた金属バットを鼻先にやり過ごし、団員Bの眉間を手刀にて一刀両断しながら、大牙さんはギッと殺気みなぎる視線をこちらに。
「人質に取られたりしたらブッ飛ばす」
……ブッ飛ばす、って。守りたい対象には普通、使わない動詞ですよね?
がーん。
かばって、守ってるのは愛するリッキーさん限定だったんですね大牙さーん!
「ブッ飛ばすような対象には、最初から人質の価値なんかないじゃないですかーっ」
「あのね莉子ちゃん、大牙はものすごーく遠回しに、前線は引き受けるから莉子ちゃん守れって僕に言ってんの」
「言ってねえ!」
即座の否定と共に団員C、D、Eが不必要なくらいの力任せでブッ飛ばされていきました。その勢いにF以降が攻撃をためらって足踏みし、うろたえ視線の救援信号をボスへと発信。
いつしか六郎太さんは登場当初の余裕を取り戻していて、ジャラ、ジャラと金属アクセサリーを鳴らしながら大牙さんへ歩み寄る。
「へー。動体視力あるじゃん。けど」
吊り気味な一重まぶたの奥に居座る六郎太さんの瞳孔が、一段と絞られたように見えた。
「見切ったあ!」
ガツッ、と世にも痛い音がした。
勝ち誇ったように突き上げられている、手錠を握った拳。
その速攻の一撃をのけぞってかわそうとしたけど、ぎりぎりでかわす大牙さんは、拳の先にある手錠という戦い慣れない武器、そのリーチを計りかねたのでしょうか。
神なる造形、完璧なる美。下顎に赤い点が生まれ、雫となって喉元を流れ落ちる。学ランの襟へと吸い込まれたけれど、わたしには、大牙さんの血が視界を染めていくように思えました。
その後のことは、よく覚えていません。
のちにリッキーさんが話してくれたところによると。
大牙さんの下顎負傷を認めるや否や、わたしは六郎太さんへと瞬時に間合いを詰めたのだとか。そして。
『この顎なしでは生きてさえいけません……なのにっ……えーい、奥義ミッチーズスマイルー!』
と叫ぶと六郎太さんの顔に両手を伸ばし、非常に手慣れた電光石火の速さで顎関節を外してしまったのだそうです。
ええ、確かにひわ先生愛しの水晶ドクロ・ミッチーで下顎骨の最もスムーズな着脱は研究済みであります。
痛みにのたうつ敵は、あっさりとギブアップを表明。わたしはこれまた職人的速さで顎関節を整復、裁判官ばりの威厳で謝罪を命じたのだそうです。
「謝罪? んなもんどうでもいいからロック、ひったくったもんを返せ。バナナとタマ……いや、バナナの入った鞄!」
そこへ至って我を取り戻したのです。
ああそうでした、大牙さんにとってはわたしが鞄をひったくられたことより、その鞄に入っていたのが最高級バナナだということが大事件なんでした。わたしよりバナナが。わたしよりバナナが。
バナナ入りトートバッグは学ランの肩に返還されました。
「帰るぞー、律ちゃん」
「うん、でも少しだけ時間くれる? 大牙」
顎関節の後方脱臼は骨を損傷する危険性が高い。いくら暴走しても骨愛好家としてわたしが後方脱臼を強いるとは思えません。ゆえにミッチーズスマイルは前方脱臼、整復すれば痛みの消えるタイプだったでしょうに、六郎太さんは頬を押さえ力なくへたり込んだままです。
リッキーさんは意気消沈してるムラサキウニにそっと掌を載せました。
「六郎太君。君がウェズリー生ばかり狙って窃盗を繰り返したのは、ウェズリー生がうらやましかったからじゃない? 退学で校則っていう分かりやすい反抗対象を失って、自由を持て余しちゃった。君は何かに逆らっていたくて、今度は法に反抗を試みてんの」
「…………」
支配を感じていたい、これがその証拠。そう言いたげなリッキーさんのささくれ一つない指先が、黙りこくった六郎太さんの手錠に触れる。
右の頬を打たれたら左の頬を向けなさい。イエスさまはそうおっしゃいました。リッキーさんは恋人の顎を打たれたのに、愛を向けてます!
当然、ハンムラビ法典推奨のお方は濁点駆使で唸った。
「ほっとけよ、そんなヤツ。借りもんの言葉を振り回して、逆らうことでしか自分の存在を確かめられない。そうやって周囲を利用するヤツが一番、実は他人に甘えてんだ。それ以上甘やかすな」
「借り物の言葉を振りかざして逆らってるのは、僕も同じなの。だからもしかして、六郎太君も愛を探してるのかなーって」
「…………」
今度は大牙さんが口をつぐみました。生乾きの顎の血が痛々しいっ。
手当てして差し上げたい視線に気付いたのか、大牙さんは手の甲で顎を拭いながらフイと顔をそらしてしまわれました。
「ちっ、こんなん、舐めときゃ治る」
おおうっ? 出ました舐めときゃ治る、ケモノ的発言! その傷、絶対に莉子の手のすり傷より重症。なのに莉子には消毒薬。ご自分には舐めときゃ治る。もしやそれはもしやそれは。
「ふふ、でも魔王並みの長い舌がなかったら、そこ舐めらんないよね」
リッキーさんへのリクエストでしたかーっ! 前科ありの確信犯めー!
花の甘露を求めて羽ばたくハチドリみたいにリッキーさん、大牙さんの顎傷目指して軽やかに飛翔。唇が赤い蜜へと一直線。
「いいって律ちゃん、くすぐったいんだよ」
「がまんがまん」
じゃーれーてーるー。
「俺を捨てんのか神宮寺、話す気にさせるだけさせといて何だよー!」
愛のハチドリに逃げられた六郎太さんが悲痛に叫んでます。天使はウニより愛が好物だったもよう。さすがに哀れを誘います。
「あのーリッキーさんへのお話は、また日を改めてということに……」
「くそー。……んなことよりさ。おまえすっげーな、いっきなり大技決めてよー。なあ、俺のLittle
Girlにどうよ?」
「はい?」
しおれてたはずなのに六郎太さん、急に瞳をキラリンとさせてにじり寄ってきて。手を握らないで下さいっ。大牙さんの下顎骨を痛めつけたその手で、シャーッ。
「関節系格闘技やってんの? 流派、何? 顎でギブ取られたの初めてだわ。関節なんて興味ねーって顔しておまえ」
骨格の一部ですから興味はございます。
「きしむベッドの上に優しさ持ち寄らねー? あたためてやっからさ、Little
Girl……」
「Littleの発音はお上手ですけど、どうしてGirlだけ思いっきり日本語的なんですか?」
べにょっ。
六郎太さんの返答は、その口をふさいだバナナの皮で物理的に封じられた。最高級を保証するシール付きのバナナ、飛行ルートをさかのぼれば遠くで中身をモゴモゴお召し上がりのお方が睨んでた。
「ほんっとおまえは、誰もが思ってても口にしないことを平気で言うな……。で、このバナナどこで買った?」
「え……フルーツパーラーですけど」
「行くぞ。こんなんじゃ足りない、シュガースポット出る前に食い切っちまう。買いだめだ」
ぼそりと呟きスタスタ急行モード。
ひょっとして、最高級バナナをお気に召して下さった? バナナ作戦、すんごく有効だったんじゃありませんかっ?
「はい、行きましょう! あ、それから今日のお夕飯、ウニ食べませんかー? ボーナスでぱーっと」
「わー、いいねっ。茶々さん行きつけのお寿司屋さんがね、目の前で殻からウニむいてくれんの。半分こしよっか莉子ちゃん」
「きゃー、しましょうしましょう!」
「ウニ頭の顎をむいたばかりだろ……」
大盛り上がりで地下駐車場から出ようとする時、背後からオーマイリルガーッ! と叫ぶ声がしたような、しないような。
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参考:尾崎豊『卒業』、『15の夜』、『OH MY LITTLE GIRL』